「日本女性の○人に1人は売春経験がある」――ネットを見ていると、ときどきそんな数字に出会う。
10人に1人、20人に1人、あるいはもっと多いという話まである。しかし、いったい誰が、いつ、どの女性を調査した数字なのだろうか。
結論から言ってしまうと、日本女性全体について「生涯で一度でも売春・援助交際を経験した女性は○%」と断定できる、信頼性の高い全国統計は見当たらない。
つまり「○人に1人」と言い切る話ほど、まず出典を疑ったほうがいい。

そもそも「売春経験者」をどう定義するのか
この問題を難しくしている最初の壁が、定義である。
法律上の「売春」と、一般に使われる「援助交際」「パパ活」「個人間の金銭を伴う性的関係」は、完全に同じ意味ではない。
たとえば、現金を受け取って性交した女性だけを数えるのか。食事代や高額なプレゼント、家賃などの援助を受けたケースまで含めるのか。性風俗店で働いた経験まで含めるのか。
さらに「援助交際」という言葉自体、必ずしも性交を意味しない。
どこまでを「売春経験」に含めるかによって、出てくる数字はまるで違ってしまう。
「援交経験○%」を、そのまま日本女性全体に当てはめてはいけない
過去には援助交際をテーマにしたさまざまな調査が行われている。しかし、その中には特定地域、特定年代、特定の集団を対象としたものもある。
ここでありがちなのが、「ある調査で女性の○%に経験があった」→「日本女性の○%が経験者だ」と話を飛躍させてしまうことだ。
女子高校生を対象にした調査結果を、20代、30代、既婚女性、高齢女性まで含む「日本女性全体」に拡張することはできない。当然ながら、性産業従事者や繁華街で集めた回答者についても同じである。
母集団が違えば、その数字が意味するものも違う。

むしろ、このテーマは「調査しにくい」
では、全国から女性を無作為に選んで「あなたは過去に、お金を受け取って男性と性交したことがありますか?」と質問すればいいのか。
理屈ではそうなのだが、現実には簡単ではない。
性的経験、金銭、違法性への認識、家族やパートナーに知られたくない過去などが絡むため、回答しない人や事実とは異なる回答をする人が出る可能性がある。
過去に行われた援助交際・買春に関する調査でも、回答不明者や未回答者の存在から、実際の経験率が調査結果より高い可能性が指摘された例がある。
これはなかなか厄介だ。
1000人に聞いて10人が「経験あり」と答えたからといって、本当に経験者が1%とは限らない。逆に、特定のコミュニティで経験者が10%いたとしても、日本女性全体が10%という意味にはならない。
警察の検挙人数から逆算する方法も無理がある
では、警察統計から推定できないのか。
これも難しい。
警察が把握しているのは、あくまで捜査や検挙などによって表面化した事案である。個人間で行われ、警察にも周囲にも知られなかった行為まで数字に現れるわけではない。
しかも、一人が繰り返した場合の「件数」と、経験したことのある女性の「人数」は別物だ。
検挙件数から「日本女性の生涯経験率」を計算することはできない。

「10人に1人」は本当なのか?
ネットで見かける「日本女性の10人に1人」「20人に1人」といった数字については、少なくとも現時点では、筆者が確認できる公的資料から日本女性全体の生涯経験率として裏付けることはできなかった。
だからといって、「実際には極めて少ない」と断定することもできない。
ここが、この話の面白いところである。
表面化した件数だけでは少なく見える。一方、匿名調査には回答しない人もいる。さらに現在では、従来型の援助交際だけでなく、SNSやマッチングサービス、いわゆるパパ活など、金銭と男女関係の境界が曖昧な形も存在する。
対象を広げれば経験者は増えるだろう。しかし、広げすぎれば今度は「それを売春経験と呼んでいいのか」という別の問題が出てくる。
数字が一人歩きしやすいテーマでもある
「日本女性の○人に1人」という表現は非常に強い。
100万人が経験している――と言われても実感しにくいが、「クラスに1人」「20人に1人」と置き換えられると急に身近に感じる。
だからこそ、SNSやまとめ記事では「○人に1人」という形に加工された数字が広まりやすい。
しかし確認すべきなのは、数字の大きさではない。
誰を調査したのか。何人を調査したのか。「経験」をどう定義したのか。そして、その調査結果を日本女性全体へ拡張できるのか。
この4点が抜けている数字は、かなり慎重に扱ったほうがいい。
観測結果――「○人に1人」は、まだ誰にも分からない
日本で売春や援助交際を経験したことのある女性が、実際に何人いるのか。
答えは少々拍子抜けするが、現状では「分からない」が最も正確である。
経験者が存在することは間違いない。しかし、それが女性100人に1人なのか、50人に1人なのか、20人に1人なのかを、日本女性全体について断言できるだけの全国代表データがない。
そして、この「分からなさ」そのものが重要なのかもしれない。
売春や援助交際は、人に話しにくく、調査にも答えにくく、警察統計にもすべてが現れるわけではない。さらに時代とともに形まで変わっていく。
だから「日本女性の○人に1人が経験者」という妙に具体的な数字を見かけたら、数字だけを信じる前に、その下に小さく書かれているはずの「誰を、どうやって調べた数字なのか」を見たほうがいい。
この世界、人数そのものより、人数を正確に数えられないことのほうが興味深い。
最後にひとつ
実際は、表に出てこない経験者もそこそこいるんだと思う。若い頃の勢いや金に困った時期のことを、本人は「若気の至り」「黒歴史」として封印する。結婚して家庭を持てば、なおさら誰にも言わないだろう。墓場まで持っていく過去が統計に出ないのも、この話の奥深いところだ。