「男性はしてもらえば気持ちいい。それは分かる。では、する女性には何があるのか?」
オーラルセックスについて考えていると、こんな妙な疑問にぶつかる。する側には、相手と同じような直接的な刺激があるわけではない。それでも嫌がらない女性もいれば、むしろ積極的に楽しむ女性もいる。
さらに話をひっくり返すと、もっと面白い。もし「相手を気持ちよくすること」が快感になるのなら、男性が男性に同じことをしても、その心理は成立するのだろうか。
今回は行為そのものではなく、「人はなぜ、自分が直接刺激されない性的行為を楽しめるのか」を観測してみたい。

「自分が気持ちいい」だけが性的快感ではない
まず押さえておきたいのは、性的な満足は身体への直接刺激だけで決まるわけではないということだ。
相手が喜んでいる、自分を求めている、自分の行動によって相手の反応が変化する。こうした相手との相互作用そのものが性的な興奮や満足につながることがある。
これはオーラルセックスに限った話ではない。キスや愛撫でも、自分への刺激以上に「相手が喜んでいることが嬉しい」という人は珍しくない。
つまり「する側に何の得があるの?」という疑問は、性的快感を身体刺激だけで考えると分かりにくい。心理的な報酬まで含めると、かなり見え方が変わってくる。
女性が楽しむ理由は一つではない
もちろん、女性なら誰でも好きという話ではない。好き嫌いにはかなり個人差があり、匂いや味、姿勢、疲労感などを苦手とする人もいる。
一方で好意的な人の場合、「恋人を喜ばせたい」「相手の反応を見るのが好き」「親密さを感じる」「自分が相手を興奮させている感覚が好き」といった複数の要素が重なっていると考えたほうが自然だ。
ここには奉仕だけでは説明できない能動性もある。自分が相手の反応を引き出しているという感覚は、する側にとっても十分に性的な体験になり得る。

「してあげる」より「自分が反応させている」
ここは少し面白いところだ。
外から見ると、一方がサービスして、もう一方がサービスを受けているように見える。しかし心理的には、必ずしも受け手だけが主役ではない。
相手の反応をある程度自分がコントロールできることで、する側が主導権や達成感を感じる場合もある。
そう考えると、オーラルセックスを好む人を単純に「相手に尽くすタイプ」と決めつけるのも違う。むしろ自分から相手の性的反応を引き出すことが好きという、かなり能動的なタイプも存在するわけだ。
では、男性が男性にしたらどうなる?
ここで最初の疑問に戻る。
男性同士でも、身体の仕組みそのものが突然変わるわけではない。される側が性的刺激として感じることは当然あり得るし、する側についても「相手を興奮させること」に心理的な満足を感じる人はいる。
ただし、ここで重要なのが性的行動と性的指向は同じものではないという点だ。
一般に性的指向は、どの性別の人に継続的な性的・恋愛的魅力を感じるかという広い概念で考えられる。一つの行為だけを取り出して、その人が異性愛者、同性愛者、両性愛者のどれなのかを機械的に決めることはできない。
興味本位の経験、状況による経験、特定の相手だけへの関心など、人間の性的行動はラベルより複雑だからだ。

「男同士でやった=同性愛」では説明しきれない
世間では、異性との性的行為は細かく分類されないのに、同性との行為については一度の経験でも性的指向と直結させて考えられがちだ。
しかし「何をしたか」と「誰に惹かれるか」は別々に考えたほうが整理しやすい。
逆方向も同じで、同性との経験が一度もなくても同性に強く惹かれる人はいる。行動だけを見て心の中まで断定することはできない。
そう考えると、「男が男にしてみたらどう感じるのだろう」という疑問を持つこと自体と、その人の性的指向も別問題になる。
AVでは、この心理がかなり強調される
成人向け作品を見ると、オーラルセックスは単なる前段階としてではなく、「相手を喜ばせる女性」「積極的な女性」「主導権を持つ女性」といったキャラクター表現として使われることが多い。
つまり視聴者が見ているのは行為そのものだけではない。「この女性は自分から楽しんでいるように見える」という演出も、作品の重要な要素になっている。
ただし、映像作品はあくまで演出されたコンテンツだ。出演者が画面上で積極的に見えることと、現実の女性一般が同じ心理を持つことは分けて考える必要がある。
観測結果――快感は「刺激される側」だけのものではない
今回の疑問を追っていくと、一番興味深いのはここだった。
性行為というと、どうしても「どこを刺激すれば気持ちいいのか」という身体側の話になりやすい。しかし人間の性的快感には、相手を喜ばせる、反応を引き出す、求められていると感じる、主導権を持つといった心理的な要素もかなり入り込んでいる。
だから、オーラルセックスをする女性に「直接的なメリットがない」と考えること自体が、少しズレているのかもしれない。
相手が気持ちよくなっていることそのものが、自分にとっての快感になる。
そして、この仕組み自体には男女の境界線もそれほど明確ではない。

思った
どうでもいい話だが、「される側が得、する側はサービス」と考えていたから不思議だったんだと思う。相手が反応すること自体が快感なら話は全然違う。そして男同士でも理屈そのものは同じ。人間の性欲って、身体だけで考えると説明できない部分が結構ある。